近年、医療用医薬品の一部を処方箋なしで購入できる「零売薬局」が注目を集めています。その影響で、零売薬局を次のキャリアとして考える薬剤師も増えきているようですが、入手できる求人情報が十分ではないこともあり、転職先の候補としては馴染みのない薬剤師も多いかもしれません。
この記事では、零売薬局の基本的な特徴や普通の薬局との違い、零売薬局の今後の課題や薬剤師の役割について解説します。
零売薬局とは?
零売薬局は、医療用医薬品の一部を処方箋なしで販売する薬局のことです。
医療用医薬品の販売には基本的に処方箋が必要ですが、特定の条件を満たす場合に限り、処方箋を省略して薬を販売することが可能です。具体的には、購入者が自分の症状をしっかり把握できている場合に、薬剤師によるヒアリングや服薬指導を経たうえで、特定の医薬品に限り、必要最小限の量を提供できるという制度で、これに該当する販売行為は「零売」と呼ばれています。
ただ、零売を行う際には通信販売や代理購入はできず、対面販売が原則です。また、公的保険の適用外であるため、購入費用は全額自己負担となる点についても注意が必要です。
医薬品の分類
私たちが取り扱う医薬品は、大きく以下の3種類に分類され、それぞれの種類に応じて販売方法が定められています。
● OTC医薬品
● 処方箋医薬品
● 処方箋医薬品以外の医療用医薬品
OTC医薬品
要指導医薬品や一般用医薬品といった「OTC医薬品」は、消費者が自身の判断で購入し、使用できる医薬品です。安全性が重視されているため、病院で処方される医療用医薬品よりも効果が控えめで、購入にあたり処方箋を必要としません。ドラッグストアや薬局、配置薬(売薬)などで簡単に手に入れることができるため、利便性が高いのが特徴です。
OTC医薬品の販売区分は、要指導医薬品と一般用医薬品(第1類~第3類)に分かれていますが、近年、一般用医薬品の販売区分を見直し、「薬剤師のみが販売できる一般用医薬品」と「薬剤師又は登録販売者が販売できる一般用医薬品」の2つの区分とする案が検討されています。
参考:厚生労働省|処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売について
処方箋医薬品
OTC医薬品以外の医薬品は「医療用医薬品」に分類され、医療用医薬品はさらに「処方箋医薬品」と「処方箋医薬品以外の医薬品」に分けられます。
処方箋医薬品は、販売・授与にあたり医師の処方箋が必要な医薬品です。このカテゴリーには、麻薬・向精神薬・覚醒剤原料などに該当する成分や、新規に医療用医薬品として承認された成分、そのほか、厚生労働大臣が告示により指定した成分が含まれます。
参考:厚生労働省|処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売について
処方箋医薬品以外の医療用医薬品
処方箋医薬品以外の医療用医薬品は、特定の条件を満たす場合に限り、処方箋なしで販売・授与が可能な医療用医薬品です。医療用医薬品が約20,000品目あるのに対し、処方箋医薬品以外の医療用医薬品はそのうち約7,000品目を占めています。
ただし、本来は処方箋医薬品と同様、医療現場で用いられることを前提とした区分であるため、処方箋なしで販売・授与が可能なのは緊急時などの特殊なケースに限られます。通常は、医師の処方箋にもとづいて販売・授与されるのが一般的です。
参考:厚生労働省|処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売について
零売薬局で取り扱い可能な医薬品
零売薬局で取り扱いが可能な医薬品は「処方箋医薬品以外の医療用医薬品」です。薬剤師のカウンセリングによって、緊急的に必要と判断された場合に限り、必要最小限の量を処方箋なしで販売・授与できます。
例えば、以下のような医薬品が処方箋医薬品以外の医療用医薬品に該当し、零売薬局で取り扱われています。
<抗アレルギー薬>
● フェキソフェナジン
● エピナスチン
● オロパタジン
● レボセチリジン
● ベポタスチン
● トラニラスト など
<外用薬>
● ワセリン
● 外用ステロイド剤
● ヘパリン類似物質
● 真菌感染症治療薬 など
<感冒・鎮咳去痰薬>
● 総合感冒剤
● カルボシステイン
● デキストロメトルファン
<解熱鎮痛薬>
● アセトアミノフェン
● ロキソプロフェン
<胃腸薬>
● ファモチジン
● レバミピド など
<整腸薬>
● ビフィズス菌製剤
● 乳酸菌製剤
● 酪酸菌製剤 など
<便秘薬>
● 酸化マグネシウム
● センノシド など
<点眼薬>
● ヒアルロン酸
● ピレノキシン
● ステロイド点眼薬 など
<シップ剤>
● ロキソプロフェンテープ
● ケトプロフェンテープ など
<栄養剤・ビタミン剤>
● タウリン
● ビオチン
● ピリドキサール
● メコバラミン
● ビタミンC など
<肝斑?>
● トラネキサム酸
<漢方薬>
● 五苓散
● 当帰芍薬散
● 防風通聖散
● 桂枝茯苓丸 など
参考:厚生労働省|処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売について
通常の薬局との違い
零売薬局と通常の調剤薬局との大きな違いは、取り扱う医療用医薬品の種類と業務の流れにあります。
調剤薬局では、医師の処方箋をもとに医薬品を調剤し、患者に提供します。処方箋医薬品と処方箋医薬品以外の医療用医薬品のどちらも取り扱いが可能です。一方、零売薬局では、処方箋なしで処方箋医薬品以外の医療用医薬品のみを販売し、処方箋医薬品については取り扱いができません。また、調剤薬局でも条件付きで零売が可能ですが、零売薬局は零売を専門に行う業態という点が特徴です。
調剤薬局の業務の流れとしては、まず処方箋の確認から始まり、処方箋の内容に問題がない場合は医薬品を調剤し、患者への交付と服薬指導を行います。零売薬局では、患者の症状やニーズにもとづいて、零売が可能な医薬品の中から最適なものを提案し販売します。患者からの聞き取りが重要なステップで、対面でのカウンセリングが中心となります。
零売薬局のメリット
近年、零売薬局が注目を集めている影響で、零売薬局での勤務を次のキャリアとして考える薬剤師も増えてきています。
続いては、薬剤師が零売薬局で働くことで得られるメリットを紹介します。
セルフメディケーションに貢献できる
薬剤師が零売薬局で働くことで得られる大きなメリットは、患者のセルフメディケーションに直接貢献できるため、やりがいを感じやすいという点です。
零売薬局では、患者と積極的にコミュニケーションを取り、病状を確認した上で、症状に適した医療用医薬品を提案する必要があります。薬剤師の専門知識を活かし、医療用医薬品を使用した薬物療法を提案できるという点でやりがいが大きく、薬剤師としての専門知識をより深く活用できる職場として魅力があります。
また、零売薬局という業態は未だ発展途上にあるものの、患者のセルフメディケーションをサポートする場としての需要が徐々に高まりつつあります。セルフメディケーションを推進する国の政策とも方針が一致しているため、今後業界全体が大きく伸びる可能性も秘めています。
対人業務に注力できる
零売薬局で働く上でのもうひとつのメリットは、対人業務に注力できるという点です。
零売薬局では、対物業務よりも対人業務が重要視される傾向にあります。患者は処方箋やカルテのない状態で来局するため、会話を通じて病状や症状を把握し、適切な医薬品の提案や受診勧奨を行う必要があります。この一連の流れは、ドラッグストアなどでのOTC医薬品の販売の流れとも通じる部分がありますが、提案する医薬品が医療用医薬品であるという点で違いがあります。
医療用医薬品は、OTC医薬品よりも効果や副作用が出やすく、薬剤師には効果や安全性を総合的に踏まえた上での適切な薬剤選択が求められます。プレッシャーは大きいものの、患者と直接対話する中でより深い信頼関係を築くことができる場合も多く、対人業務に積極的に取り組みたい薬剤師にとってはこの上ない環境かもしれません。
零売薬局の現状と問題点
零売薬局の現状には、いくつかの課題も指摘されています。
また、近年、零売薬局が急速に増加傾向にあることなどから、医薬品販売に関するルールや規制の見直しも検討されています。この見直しにより、今後医薬品の分類や販売方法に変更が生じる可能性もあるため、零売薬局での勤務を検討する場合は、業界の動向を注視しておく必要があります。
現状
医療用医薬品は、医師の診断を経てその処方箋や指示に基づき医療の中で使用されることを前提に承認を受けた医薬品で、処方箋医薬品以外の医療用医薬品についても、処方箋に基づく販売が原則とされています。処方箋医薬品以外の医療用医薬品については、制度上、薬局での零売も可能ですが、あくまでやむを得ない場合にのみ、条件付きで実施可能な緊急手段という位置付けです。
しかし、零売薬局に関する制度設計が曖昧だったこともあり、医療費抑制のための政策が進む中で調剤報酬額が減少し、薬局経営が難しくなると、新たな業態として多くの零売薬局が誕生するようになりました。また、2020年以降、新型コロナウイルスの流行により病院に行く機会が減少したこともあり、零売薬局は感染リスクを避けつつ医療用医薬品を手に入れる手段として販売規模を拡大しています。
このような現状を受け、2024年に厚生労働省から発表された「医薬品の販売制度に関する検討会とりまとめについて」では、今後、いわゆる零売薬局について、以下2つの方策を実施すると明言されています。
①医療用医薬品について、処方箋に基づく販売を基本とした上で、リスクの低い医療用医薬品の販売については、法令上、例外的に「やむを得ない場合(※)」に薬局での販売を認める。
※やむを得ない場合とは
● 医師に処方され服用している医療用医薬品が不測の事態で患者の手元にない状況となり、かつ、診療を受けられない場合であって、一般用医薬品で代用できない場合
● 社会情勢の影響による物流の停滞・混乱や疾病の急激な流行拡大に伴う需要の急増等により保健衛生が脅かされる事態となり、薬局において医療用医薬品を適切に販売することが国民の身体・生命・健康の保護に必要である場合
②薬局での販売に当たっては、最小限度の数量とし、原則として、当該患者の状況を把握している薬局が対応することとし、薬歴の確認や販売状況等の記録を必要とする。
引用元:厚生労働省|医薬品の販売制度に関する検討会とりまとめについて
この見直しにより、今後、零売薬局のあり方や規制方法に変更が生じる可能性があります。零売薬局での勤務を検討する場合は、最新の動向を常に把握しておくようにしましょう。
問題点
零売薬局が注目を集める中で、いくつかの問題点も指摘されています。
例えば、本来は受診が必要な病状であっても、医師の診断を経ずに医療用医薬品を購入できると受け取れるような広告(「処方箋なしで病院のお薬が買えます」など)が行われるといった事例が見られ、一部で問題視されています。悪質性が疑われる事例については行政指導が行われているものの、零売薬局自体が法律上明確に禁止されていないことを理由に、医療用医薬品の日常的な販売や広告が継続されている実態もあります。
また、零売薬局での医薬品販売は、患者の健康状態やニーズに合った提案が不可欠であり、そのためには薬剤師の専門的判断が重要となります。薬剤師は、患者が薬を正しく使用できるよう、事前に十分な聞き取りや指導を行うことが求められていますが、これを十分に実施できていない薬局もあるようです。また、零売薬局で提供される医薬品は「副作用被害救済制度」の対象外となる可能性があるなど、制度面の整備が追いついていない現状も課題とされています。
零売薬局で働くには?
規模は徐々に拡大しつつあるものの、零売薬局で働く薬剤師はまだまだ少数派です。どのような働き方をしているのか、なかなか情報を得られる機会がないかもしれません。
続いては、零売薬局での勤務を検討する薬剤師が知っておきたい「零売薬局での販売の流れ」と「零売薬局の薬剤師に求められる役割」について見てみましょう。
零売薬局での販売の流れ
零売薬局での医療用医薬品の販売には、以下の4つのステップがあります。
ステップ1:事前相談
まず、患者から電話やオンラインで事前に相談を受けます。この段階で、零売に関する基本的な情報提供や、患者の名前や生年月日、症状、既往歴、薬剤服用歴、副作用歴などを確認します。事前相談の結果、受診が必要と判断された場合は受診を勧め、零売がやむを得ない状況の場合には来店を促します。
ステップ2:来店でのカウンセリング
患者の来店後、対面で詳しいカウンセリングを行います。事前相談での情報をもとに、薬を購入する理由や目的をさらに詳細に確認し、適切な判断を行います。
ステップ3:医薬品の販売・服薬指導
零売がやむを得ないと判断された場合、応急的な処置として受診までの間に必要最小限の量を販売します。販売時には、文書を用いて用法・用量、副作用などを説明し、適切な服薬指導を行います。
ステップ4:フォローアップ
販売後、患者の症状や副作用を確認し、必要に応じてフォローアップを行います。販売に至らなかった場合でも、必要に応じて、その後の受診状況やOTC医薬品の使用状況などを確認します。
零売薬局の薬剤師に求められる役割
零売薬局では、医師の処方箋がない状況で医療用医薬品を選定・販売するため、薬剤師にはより専門的な判断やアドバイスが求められます。零売を行う際は、患者がこれまでに医師から処方されたことのある医薬品を販売することが望ましいものの、場合によっては使用経験がない医薬品を販売するケースもあります。こういったケースでは特に慎重な判断が必要とされます。
零売を行う際には、薬剤師によるカウンセリングや服薬指導が必須とされていて、患者の健康状態や薬剤服用歴を十分に把握した上で、適切な服薬指導を行う必要があります。副作用が発生した場合の相談体制を整え、事前に案内することも重要です。
また、零売薬局自体が現時点では法整備が十分でない業態ということもあり、対面での本人への販売や、適切な服薬指導、販売記録の作成など、厚生労働省の通知に従い、零売の販売条件を自主的に守っていくコンプライアンス意識も求められています。
まとめ
零売薬局は、やむを得ない場合に限り、処方箋なしで一部の医療用医薬品を販売できる薬局のことです。近年、セルフメディケーションの推進により零売薬局の数が増加し、薬剤師の新しい職場として注目を集めつつあります。
零売薬局の薬剤師には、患者に対して適切なカウンセリングや服薬指導を行い、法的な条件を守りながら医薬品を提供する役割が求められています。
零売薬局は、薬剤師が働く職場の新たな選択肢として今後も成長が期待される分野ですが、未だ法整備が追いついていない現状もあります。今後、零売薬局のあり方や規制方法に変更が生じる可能性もあるため、零売薬局での勤務を検討する薬剤師は、最新の動向を常に把握しておくことが大切です。