薬剤師の就職先としては調剤薬局やドラッグストア、病院、製薬会社などがよく知られていますが、公務員薬剤師として働くという選択肢も存在します。
薬剤師はいずれ過剰になるともいわれる中で、公務員薬剤師は景気に左右されない安定した職業として根強い人気が続いています。
本記事では、公務員薬剤師の仕事内容や給料、働く上でのメリット、そして、公務員薬剤師に転職する方法について詳しく紹介します。
公務員薬剤師とは?

公務員薬剤師とは、国家公務員や地方公務員として国や地方自治体に採用されて働く薬剤師のことで、国民の健康や安全を守る重要な役割を担っています。
国家公務員と地方公務員では、職場環境や仕事内容に違いがあります。
国家公務員薬剤師は、厚生労働省の「薬系技官」として、新薬の承認や薬品の安全性監視、食品の安全性評価といった、国全体の薬事行政に関わる業務を担当します。また、厚生労働省の地方厚生局麻薬取締部に所属する「麻薬取締官」も国家公務員です。
そのほか、防衛省に所属し自衛隊病院や部隊で衛生業務を担う自衛隊薬剤師(薬剤官)や、法務省の管轄下で刑務所などの矯正施設に勤務する刑務所薬剤師(法務技官)といった特殊な種類の職場も存在します。
一方、地方公務員薬剤師は、都道府県などの地方自治体単位で採用されます。地域住民の健康を直接サポートする目的で、保健所での薬事衛生業務や公立病院での薬剤師業務、衛生研究所での検査・研究業務などを担当します。
公務員薬剤師は、安定した雇用環境に加えて、充実した福利厚生制度が整っているのが特徴です。健康保険や年金制度、育児休業や介護休業制度なども充実しているため長期的な勤務がしやすいことや、業務内容の社会貢献度の高さが評価されている人気の職業です。
薬剤師として働く場所は、薬局や病院だけではありません。公務員薬剤師も含めた幅広い選択肢の中から、自分に合った転職先を探すことが大切です。
薬剤師におすすめの転職先については、以下の記事もご確認ください。
薬剤師として転職を考えているものの、どのような職場で働くべきか悩んでいる方は多いのではないでしょうか。薬剤師は調剤薬局やドラッグストアが主な就職先ではありますが、ほかにも転職できるところがあるのです。 今回は、薬剤師におすすめの転職先[…]
公務員薬剤師の職種と主な仕事内容

続いては、公務員薬剤師の職種と主な仕事内容について解説します。
公務員薬剤師は国家公務員薬剤師と地方公務員薬剤師に分かれ、それぞれの職種によって職務領域や仕事内容が大きく異なります。
例えば、医薬品や医療機器の承認審査のほか、仕事内容によっては化学物質の安全対策やリスク評価、さらには国民の安全を守るための毒物・劇物の取り締まりといった、国民の生命と健康に直結する重要な業務を担っているのが、公務員薬剤師です。
国家公務員薬剤師
国家公務員薬剤師は、薬系技官として厚生労働省のさまざまな部署に所属し、薬事行政や医薬品の安全性監視、研究開発などの分野を担当します。
厚生労働省だけでなく、内閣官房の健康・医療戦略室や国家安全保障局、内閣府の食品安全委員会事務局、消費者庁や環境省のほか、地方行政施設や在日外国大使館、国立医薬品食品衛生研究所など、他の省庁や国際機関へ出向する場合もあります。
国家公務員薬剤師の具体的な仕事内容は所属する機関や部署によってさまざまですが、大きく次のような分野に分かれています。
研究開発分野
研究開発分野では、大学や企業が新薬の開発をスムーズに行える環境を整えたり、研究予算を確保したりすることで、国民への安全で効果的な医薬品の提供を支援します。
ほかには、ライフサイエンス分野全般の研究開発の推進や、医療系ベンチャー企業の支援も行います。
薬事分野
薬事分野では、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)などに基づき、医薬品や医療機器の安全性確保と適正使用を通じて、国民の健康を守るためのルール作りを行います。
麻薬、大麻、覚醒剤、危険ドラッグなどの取締りや献血の推進、薬剤師国家試験の運用なども担当します。
近年の具体的な業務としてあげられるのは、2021年に施行された薬機法改訂への対応や、新型コロナウイルス感染症のワクチン・治療薬を迅速に国民へ届けるための緊急時の薬事承認(特例承認)制度の運用などです。
パンデミックのような有事の際に、国民の健康を守る最前線で働くことも薬事分野の重要な役割です。
食品安全分野
食品安全分野では、食品衛生法などに基づき、食品添加物の管理や食品のリスク評価、安全監視を行い、国民の食の安全を守ります。
具体的には、食品添加物の規制や食品中の農薬や器具・容器包装の規格といった、食品の安全性に関するルール作りなどが該当します。
保健医療分野
保健医療分野では、国民が安心して医療を受けるための診療報酬の在り方の検討や、医薬品価格の評価・決定を担当します。
また、薬剤師の職能検討や後発医薬品の使用促進などを通じて、薬剤師が医療により貢献できるような体制を整えます。薬局や病院での薬剤師業務と非常に関わりが深い分野といえるでしょう。
化学物質分野
化学物質分野では、私たちの生活を取り巻くさまざまな化学物質から国民の健康と環境を守るため、化学物質の安全対策やリスク評価をします。
具体的な業務例としては、市場に出回る前の新規化学物質の審査や、すでに使用されている既存化学物質の再評価を行い、安全基準を策定します。
また、毒物及び劇物取締法に基づき、毒物・劇物の製造・販売業者への監視指導や立ち入り検査を通じて、これらの薬品が適正に管理・使用されるよう取り締まりをするのも重要な仕事です。
地方公務員薬剤師
地方公務員薬剤師は、都道府県など地方自治体単位で採用されます。
地域住民の健康を直接サポートするために、保健所での薬事衛生業務や公立病院での調剤業務、衛生研究所での検査・研究業務など、多岐にわたる業務を担当します。
地方公務員薬剤師の仕事内容は所属する機関や部署によってさまざまですが、おもに次のような組織で活躍しています。
薬務課
薬務課では、医薬品製造業や薬局の管理を通じて、薬事衛生の向上を図ります。具体的には、医薬品製造業や薬局の開設許可や運営指導、地域における診療報酬の管理などが含まれます。
また、毒物や劇物などの危険な薬品が安全に取り扱われるよう、毒物劇物製造業・輸入業の許認可管理や立ち入り検査なども担当します。
保健所
保健所では、薬事衛生・食品衛生・環境衛生の3つの分野に関連する管理監督業務を行い、地域の衛生施設が適正に運営され、公衆衛生が維持されるよう働きかけます。
薬事衛生の分野では、薬機法に基づき薬局、医薬品店舗販売業、卸売販売業、医療機器販売業の許認可管理や監視、指導などを担当します。また、毒物及び劇物取締法に基づき、毒物劇物一般販売業の管理も担当します。
食品衛生の分野では、食品衛生法に基づき食品製造業者や飲食店などの許認可管理や監視、指導などを担当します。
環境衛生の分野では、各種環境関連法令に基づき、上下水道や宿泊施設、公衆浴場、クリーニング店、理容室・美容室など、衛生に関わるサービス業の新規開設許可や立入検査を担当します。
公立病院
県立病院や市立病院などの公立病院で働く薬剤師も、地方公務員薬剤師の一員です。
民間病院で働く病院薬剤師と同様に、医師の処方に基づく医薬品の調剤や医薬品の在庫管理、外来・入院患者への服薬指導などを担当します。
また、医療チームの一員として他の医療スタッフと連携しながら患者の治療に貢献する役割も担っています。
衛生研究所
衛生研究所は都道府県や指定都市などに設置されている研究機関で、地方公務員薬剤師が働いています。
衛生研究所では、感染症に関連する細菌やウイルス、食品中の有害物質、環境中の汚染物質などの分析・研究が行われ、公衆衛生の向上や地域住民の健康維持に貢献しています。
麻薬取締官
麻薬取締官は、厚生労働省の地方厚生局麻薬取締部に所属し、違法薬物の取締りや薬物犯罪の防止を担当する国家公務員です。
一般の国家公務員薬剤師とは異なり「特別司法警察員」として、薬物犯罪に関する捜査・情報収集の権限を持っているのが特徴です。
具体的な仕事内容としては、麻薬取締法に基づく違法薬物(麻薬、覚醒剤、大麻、向精神薬、あへん、指定薬物など)に関する犯罪の捜査や、犯罪現場から押収された薬物の鑑定を担当します。
国際的な違法組織の取締まりを目的として、各国の捜査機関との情報交換や捜査協力を行う場合もあります。
ほかには、薬物乱用防止のための啓発活動や、医療用の麻薬・向精神薬などの不正流通防止のための指導・監督も担当業務です。
自衛隊薬剤師の仕事内容と採用情報
自衛隊薬剤師(薬剤官)は、防衛省に所属する特別職国家公務員です。
主な職場は全国の自衛隊病院や駐屯地・基地の医務室で、医薬品の調剤や管理、部隊への衛生指導、防疫活動など、隊員の健康と部隊の衛生状態を維持するための幅広い業務を担います。
採用は主に「薬剤科幹部候補生」として行われ、薬剤師免許(取得見込みを含む)を持つ28歳未満の者が応募可能です。
試験は筆記試験、小論文、口述試験、身体検査が課され、合格・採用と同時に陸上・海上・航空の各自衛隊曹長に任命されます。幹部候補生として一定期間の教育を経て、二等陸・海・空尉に昇任、幹部自衛官となります。
参照:防衛省「令和7年度自衛隊歯科・薬剤科幹部候補生採用要項」
参照:自衛官募集 「自衛隊幹部候補生」
刑務所薬剤師の仕事内容と採用情報
刑務所薬剤師は、法務省に所属する法務技官(国家公務員)として、刑務所や少年院などの矯正施設で勤務します。
主な仕事内容は、被収容者(受刑者)に対する調剤業務、服薬指導、医薬品の管理、施設の衛生管理などです。
限られた医療資源の中で、被収容者一人ひとりの健康状態を正確に把握し、適切な薬物治療を継続させることが求められます。
精神疾患を抱える被収容者も少なくないため、薬学的知識に加えて高いコミュニケーション能力も必要とされる、専門性の高い特殊な職場環境といえるでしょう。
公務員薬剤師の給料・年収は?民間との比較や昇給モデルも解説

公務員薬剤師の給料は、職種や職務によって異なります。
国家公務員薬剤師の場合、令和7年に行われた調査によると、薬剤師が該当する「医療職俸給表(二)」の平均給与月額は368,522円でした。
地方公務員薬剤師の場合も国家公務員薬剤師と同程度の給料が一般的ですが、地方公務員の給与は、採用される自治体や職場によっても異なります。令和6年に行われた調査では、さまざまな自治体で地方公務員として働く薬剤師全体の平均給与月額が385,489円でした。
公務員薬剤師の平均給与は、民間で働く薬剤師と比較して極端に高いわけではないことが分かります。景気や業績に左右されない「給与の安定性」が公務員薬剤師の魅力といえるでしょう。
ボーナス(期末・勤勉手当)は年間で給料月額の約4.5ヶ月分が支給されるため、平均的な年収は550万円〜650万円が一つの目安になっています。
公務員薬剤師の給料は、年齢や経験年数に応じて毎年着実に昇給していくのが最大の特徴です。若いうちは民間企業薬剤師の方が高い場合もありますが、管理職へ昇進すれば年収1,000万円も目指せます。
福利厚生や手厚い退職金も含めた生涯年収で考えると、民間企業薬剤師を上回るケースも少なくありません。
参考:人事院「令和7年国家公務員給与等実態調査の結果」
参考:総務省「第5表 職種別職員の平均給与額」
参考:人事院「令和6年 人事院勧告・報告の概要」
国家公務員と地方公務員の年収モデル比較
公務員薬剤師の年収は、勤続年数や役職に応じて安定して上昇します。特に国家公務員(行政職員)は昇進スピードが速く、昇給カーブも急になる傾向があります。
以下に、ボーナスを含めた年代・役職別の年収モデルの表を掲げました。
【国家公務員の年収モデル】
| 年齢 | 役職(本府省) | 年収目安(本府省) | 役職(地方機関) | 年収目安(地方機関) |
| 20代 | 係員 | 約466万円 | 係員 | 約363万円 |
| 30代 | 課長補佐 | 約756万円 | 係員 | 約419万円 |
| 係長 | 約487万円 | |||
| 40代 | 係長 | 約519万円 | ||
| 50代 | 課長 | 約1,292万円 | 課長 | 約687万円 |
| 局長 | 約1,818万円 | |||
| 事務次官 | 約2,385万円 |
【地方公務員の年収モデル】
| 年齢 | 役職例 | 年収目安 |
| 20代 | 主事 | 357万円 |
| 30代 | 主任主事 | 433万円 |
| 40代 | 係長 | 593万円 |
| 50代 | 課長補佐 | 738万円 |
| 課長 | 924万円 | |
| 部長 | 1,153万円 |
上記はあくまでモデルであり、手当や自治体の給与水準によって変動します。
国家公務員は全国転勤を伴う異動が多い一方、若いうちから責任ある立場を任されやすく、給料の伸びも大きくなる可能性があります。
地方公務員は比較的緩やかに昇給しますが、地域に根差して安定したキャリアを築けるのが魅力です。
参考:人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」
参考:滋賀県「職員モデル給与例(行政職員)」
民間薬剤師との生涯年収比較
転職を考える際、生涯年収は重要な比較ポイントです。
調剤薬局やドラッグストアの薬剤師は初任給が高い傾向にありますが、その後の昇給が緩やかで、生涯年収は2億2,000万円〜2億3,000万円程度が一般的です。
一方、公務員薬剤師は、年功序列で着実に給料が上がり、手厚い退職金があるのが特徴です。民間薬剤師と同水準か、キャリアによってはそれを上回る生涯年収が期待できます。
初任給は民間より低いものの、安定した昇給と退職金が、公務員の生涯年収を押し上げる大きな要因となっています。
参考:厚生労働省「第13回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会『薬剤師の偏在への対応策』」
公務員薬剤師として働く7つのメリット

公務員薬剤師には、民間勤務と比べて以下のようなメリットがあるとされています。
● 福利厚生が充実している
● ワークライフバランスを実現しやすい
● 年収が上がりやすい
● 地域に密着した働き方ができる
● 仕事の幅が広がる
● 社会貢献を実感できる
特に国家公務員は2〜3年周期の異動が基本です。特定の業務に縛られずキャリアを積め、薬剤師としてだけでなく、行政分野での総合的なスキルアップも期待できます。
営利を目的としない国民の健康と安全を守るという業務は、自分の働きが役立っているという気持ちを感じやすく、大きなやりがいを感じられるでしょう。
地方公務員も地域住民の暮らしを支える重要な業務であり、社会貢献度の高さを感じられるのが特徴です。
安定した職業で、充実した福利厚生を背景にワークライフバランスを実現しやすい環境があります。
各種休暇や手当ばかりでなく、レクレリエーションへの支援があるのは働き手としては嬉しい点です。保養所や契約施設などは割引額こそ所属によって異なりますが、全国共通である場合も多く、有効に活かしている公務員も多くなっています。
これら7つのメリットについて、それぞれ詳しく解説します。
1.安定した職業である
公務員薬剤師は、公務員として安定した雇用が保証されています。経済情勢に雇用が左右されにくく、長期的に安心して働くことができます。
また、定期的な昇給や各種手当によってほぼ確実に年収が増加していく点や、ボーナスが業績などの不確定要素に左右されにくい点など、給与の安定性も魅力です。
国が行う医療費削減推進の影響を受けて民間企業の利益確保が難しくなりつつある一方で、新設薬学部の増加などの影響を受けて薬剤師数はいずれ過剰になるともいわれています。
薬剤師を取り巻く状況や先行きが不透明な中で、公務員薬剤師は将来的な収入の見通しが立てやすく、長期的なライフプランを考える上でも安心感を持ちやすいのがメリットです。
2.福利厚生が充実している
公務員薬剤師は福利厚生が非常に充実していて、基本的な健康保険や年金制度に加えて、育児休業や介護休業制度、住宅手当や通勤手当など、生活の質を維持しやすい制度が整えられています。
特に育児休業については、一般的な企業が1年の取得期間を設定しているのに対し、公務員薬剤師は3年間の取得が可能です。
育児休業後には長期的に時短勤務の制度が利用できるため、妊娠・出産後の女性の復職がスムーズに行える環境が整っているといえるでしょう。また、民間企業と比べて退職金も高い傾向にあります。
国家公務員と地方公務員どちらにも、各共済組合法に基づく共済制度が適用されるため、ケガや病気、被災時の給付金や見舞金、育児や介護に関わる休業手当が、一般的な民間企業よりも手厚く支給されます。
また、国家公務員共済組合では生命保険の掛け金や資金の貸付制度、財形貯蓄などの優遇制度も整備されています。
このように、長期的に安定して勤務するための総合的な福利厚生が整っている点が、公務員薬剤師のメリットのひとつです。
さらに、住宅関連の福利厚生として、割安な家賃で入居できる公務員住宅(宿舎)が用意されているほか、共済組合を通じて住宅購入時のローン金利優遇を受けられる場合もあります。
レクリエーション関連でも、保養所や宿泊施設を安価に利用できたり、指定業者の旅行ツアーの割引があったりと、プライベートを充実させるためのサポートが手厚い点も大きなメリットです。
3.ワークライフバランスを実現しやすい
公務員薬剤師は、充実した福利厚生や快適な職場環境を背景に、ワークライフバランスを実現しやすいのがメリットです。
各種休暇・手当だけでなく、プライベートのレクリエーション面でも、保養所や契約施設、指定のホテルの宿泊料金や旅行代金の割引があります。
また、定時に帰宅できる職場も多く、プライベートな時間を確保しやすい環境が整っています。
育児休業や介護休業の取得も推奨されており、家族との時間を大切にしながら働くことができるでしょう。
この背景には、国や自治体自身が率先して働き方改革を推進している点があります。
近年では、男性の育児休業取得も積極的に推進されているほか、子どもが小学校に入学するまで利用できる育児短時間勤務制度など、性別を問わず仕事と家庭を両立できる制度が整っています。
4.年収が上がりやすい
公務員薬剤師は、定期的な昇給や各種手当の支給によって、年収が徐々に上がりやすい環境にあります。
毎年安定した昇給があるため、長期間勤務することで年収が着実に上昇します。さらに、公務員薬剤師には昇進の機会も多く、キャリアを積むことでさらに高い年収が期待できます。
民間の病院や薬局、ドラッグストアなどで働く場合、初年度から数年間の年収は比較的高い傾向にあります。
しかし、昇格ポストが限られるなどの理由で昇給しづらく、年収の伸びが期待できない場合も多くあります。それと比べると、公務員薬剤師は長期的な視点で安定した昇給を見込めるのがメリットです。
5.地域に密着した働き方ができる
特に地方公務員薬剤師の場合は、地域住民の健康を直接支える仕事が多く、地域に密着した働き方ができるのがメリットです。
採用された自治体以外への都道府県を超えた転勤はほぼ存在せず、自分の働きたい地域を選んで働くことができるため、「生まれ育った地域へ貢献したい」と、地元にUターンして働く地方公務員薬剤師も多くいます。
6.仕事の幅が広がる
公務員薬剤師、特に国家公務員は2〜3年周期の異動が基本であり、多様な部署でさまざまな業務を経験できるのが大きなメリットです。薬学の専門性を軸としながらも、特定の業務に縛られずキャリアを積めます。
例えば、「新薬の承認審査」で最先端の医薬品知識に触れた後、「食品衛生基準の策定」で公衆衛生の視点を学び、次は「国際機関との連携」でグローバルな薬事行政に携わる、といったキャリアパスも可能です。
幅広い業務を通じて視野が広がり、薬剤師としてだけでなく、行政官としての総合的なスキルアップが期待できます。
7.社会貢献を実感できる
公務員薬剤師の仕事は、営利を目的とせず、国民や地域住民の健康と安全を守るという公共の福祉に直結しています。自分の働きが社会に直接貢献していると実感しやすい点は、大きなやりがいとなるでしょう。
例えば、国家公務員として医薬品に関する政策立案や保険制度改革に携わることは、国全体の医療の未来を形作るスケールの大きな仕事です。
また、地方公務員として保健所に勤務し、地域に密着した感染症対策や食品衛生の啓発活動をするのも、住民の暮らしを直接支える重要な役割であり、社会貢献度の高さを強く感じられるメリットです。
公務員薬剤師のデメリット

公務員薬剤師には、メリットだけでなく以下のようなデメリットも存在します。
● 募集枠が少ない
● 異動・転勤の可能性がある
● 副業の許可が限定的である
続いては、これら4つのデメリットについて詳しくご紹介します。
1.初任給は高くない傾向にある
公務員薬剤師の初任給は民間企業と比べて高くないことが多く、特に新卒の場合は、民間の薬局やドラッグストアなどと比べるとかなり低めに設定されるのが一般的です。
そのため、若い年齢で民間から公務員に転職すると、一時的に収入が減少してしまう可能性があります。
特に、すでに住宅ローンや子どもの教育費といった固定支出がある場合、転職直後の収入減が家計に与える影響は小さくありません。転職後の生活を具体的にシミュレーションし、家族と話し合っておく必要があるでしょう。
しかし、公務員薬剤師には安定した収入が得られるというメリットがあります。定期的な昇給や充実した手当に加え、役職に就くことで基本給も上がるため、数年後には収入が民間時代を上回る可能性もあるかもしれません。
初任給の低さはデメリットですが、将来的な収入増や安定性を期待できる点が公務員薬剤師の魅力ともいえるでしょう。
2.募集枠が少なく採用は狭き門
公務員薬剤師の募集枠は一般的に少なく、競争も激しいため、希望する職種や勤務地での採用が難しい場合もあるのがデメリットのひとつです。
特に国家公務員になるためには、難関とされる公務員試験に合格する必要があり、採用は非常に狭き門です。
厚生労働省の発表によると、令和2年度から7年度までの期間では年間7~9名しか採用されておらず、特に薬学系の採用は少ない傾向にあります。
また、麻薬取締官は、国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)に最終合格した方か、薬剤師の免許を受けた方が、麻薬取締部に採用されなければなりません。原則、各地方厚生局での欠員補充が基本のため、不定期かつ若干名の採用にとどまります。
【国家公務員(薬系技官)採用実績】
| 年度 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 | 令和6年 | 令和7年 |
| 人数 | 9(4)名 | 8(4)名 | 7(2)名 | 9(3)名 | 8(5)名 | 7(3)名 |
*( )は採用者のうち女性の数
【麻薬取締官採用内定者一覧(薬学系技官)】
| 令和4年度 | 令和5年度 | 令和6年度 | |
| 採用内定者数 | 12(4)名 | 14(7)名 | 9(2)名 |
*( )は採用者のうち女性の数
地方公務員薬剤師の場合も、地域によっては募集が非常に限られており、希望する勤務地での採用が難しい場合もあります。
ただ、地方公務員については公立病院が直接募集をかける場合もあるため、国家公務員よりも採用されやすい傾向にあります。
参考:厚生労働省薬系技官採用サイト「採用・説明会・官庁訪問情報」
参考:厚生労働省地方厚生局麻薬取締部「応募及び採用に関する情報」
3.異動・転勤の可能性がある
公務員薬剤師は、高頻度で異動や転勤があるのがデメリットとされています。
国家公務員薬剤師の場合、各省庁間での異動や日本全国を対象とした転勤の可能性があります。
地方公務員薬剤師の方が長距離の転勤は少ないものの、同じ地方自治体内であれば転勤の可能性があります。特に地方では、自宅からの通勤が困難なへき地へ転勤となる可能性もあるため注意が必要です。
公務員薬剤師は、異動によって職場環境や仕事内容が大きく変わることも多く、新しい環境や未経験の業務への適応力や、人間関係をゼロから構築するコミュニケーション力が求められます。
また、異動の影響で特定の分野に関する専門性が身につきにくく、公務員から民間へ転職をする際などに専門スキルのなさがネックとなる可能性があるのもデメリットといえるでしょう。
公務員薬剤師の部署異動や転勤の頻度は、おおむね2〜3年周期なのが一般的です。
これは、特定の分野に特化したスペシャリストではなく、幅広い視野と多様な経験を持つジェネラリストを育成するという目的があるためです。
4.副業が原則禁止されている
公務員薬剤師は、その立場上、自由に副業を行うことはできません。国家公務員法や地方公務員法によって副業が禁止されており、特に営利目的での副業には厳しい規制があります。
これは、国民全体の奉仕者という立場から生じる公務員の信用確保と、職務に専念する義務を全うし、秘密保持義務といった原則に反しないためです。営利目的の企業の役員になることや、その業務に従事するといったことも制限され、私企業からも隔離されているのです。
ただ、一定の条件を満たす場合には兼業も認められています。
たとえば、国家公務員は勤務時間外に非営利団体で責任者以外の役割であれば、許可を得ることで兼業が可能です。
また、地方公務員も公益性が高く地域に貢献できる仕事であれば、営利目的でない限り兼業を認める自治体もあります。
ただ、許可される兼業は非常に限定的で、調剤薬局やドラッグストアでの高待遇なアルバイト求人などに応募することはできません。
別の職場で経験を積みたい、仕事の幅を広げたい、本業以外に収入源を確保したいと考える人にとっては、大きなデメリットといえるでしょう。
公務員薬剤師に転職する際のポイントや注意点

公務員薬剤師への転職では、新卒者向けの採用試験だけでなく、社会人経験者を対象とした「経験者採用枠」も設けられています。
例えば、国家公務員(薬系技官)の経験者採用では、一定の勤務経験も応募要件の一つです。
必要な勤務経験の長さは応募するポストによって異なり、令和7年の場合、課長補佐級で、6年制大学卒業者または大学院の修士課程修了者であれば10年以上、大学院の博士課程修了者であれば9年以上となっています。
ただし、いずれの試験も採用人数は限られており、非常に難易度が高いことを念頭に置く必要があります。
続いては、公務員薬剤師に転職する際のポイントや注意点について解説します。
異業種からの転職に関する注意点については、以下の記事でも詳しく解説しています。気になる方は参考にしてみてください。
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試験に合格する必要がある
公務員薬剤師になるためには、薬剤師免許を取得していることに加えて、職種ごとに行われる採用試験に合格する必要があることを知っておきましょう。
国家公務員薬剤師の場合は国が実施する「国家公務員採用試験」、地方公務員薬剤師の場合は各自治体が実施する「地方公務員試験」、麻薬取締官の場合は厚生労働省地方厚生局麻薬取締部が実施する「麻薬取締官採用試験」への合格がそれぞれ必要です。
なお、新卒者向けの試験だけでなく、国家公務員・地方公務員ともに民間企業などでの職務経験者を対象とした「経験者採用枠」が設けられています。
近年の傾向として、特に地方公務員試験では、従来の教養試験や専門試験を廃止し、SPIなどの主に民間向けの適性試験の導入といった採用試験に切り替える自治体も増えています。SPIとは、性格特性や知的能力といった、職務行動の基礎となる、短期間では変化しにくい個人の資質を測定する検査です。
これは、民間企業との併願者や経験者採用の受験ハードルを下げること、多くの受験者から求める人物像に合った人材を採用するための判断材料とすることが理由です。
参考:総務省「自治体行政の視点 採用試験の見直しと RJP によるマッチング」
国家公務員薬剤師の試験
国家公務員薬剤師になるための国家公務員試験は、毎年3月下旬に1次試験、4月中旬~5月中旬に2次試験が行われ、2次試験に合格した後に「官庁訪問」と呼ばれる最終面接が行われます。
1次試験では、教養試験と専門試験が、2次試験では専門試験と個人面接に加えて、政策論文試験が行われます。
国家公務員薬剤師の試験は、高い難易度と競争率が特徴です。薬学に関する専門知識だけでなく、一般教養や法律、政策などに関する幅広い知識が求められるため、試験対策として専門の予備校に通うことも効果的です。
また、2次試験を突破した後の官庁訪問の際には「業務説明会」に積極的に参加し、希望する府省に対してアピールを怠らないのも合格への近道とされています。
また、近年は経験者採用試験も実施されています。
こちらの応募要件は、募集するポストによって異なり、令和7年は、課長補佐級は6年制大学卒業者であれば10年以上、大学院の博士課程修了者であれば9年以上、係長級は6年制大学卒業者であれば6年以上、大学院の博士課程修了者であれば5年以上でした。
選考は、小論文を含む書類選考の上、面接試験によって行われます。筆記試験よりも政策企画能力、面接といった人物評価に重点が置かれる傾向にあり、これまでの経験をどう行政に活かせるかをアピールすることが重要です。
参考:厚生労働省「総合職薬系技官¬RECRUIT GUIDE2025」
参考:厚生労働省「薬系技官募集要領」
地方公務員薬剤師の試験
地方公務員薬剤師になるための地方公務員試験は、各自治体によって実施内容が多少異なりますが、一般教養と薬学の専門知識が主な試験科目です。
5月に1次試験が行われ、その後6月に2次試験が実施されます。詳細な試験内容については、受験を予定している自治体のホームページで確認しましょう。
1次試験では教養試験と薬学に関する専門試験が行われ、2次試験では判断力や思考力を問う小論文試験や、個別面接、グループディスカッションが行われます。選考の内容は自治体によって異なるため、試験の例題や過去問を活用し、各自治体の特徴を理解した上で臨むことが大切です。
最近の試験傾向として、民間企業との人材獲得競争の激化を背景に、従来の筆記中心の教養試験を廃止・簡略化する自治体が増え、代わりにSPIを導入する例も多く見られます。
例えば、東京都のキャリア活用採用では教養試験がなく、職務経験論文や専門試験で評価されます。一方で、広島市といった政令指定都市などでは教養試験が必須の場合もあり、自治体によって試験内容や日程は大きく異なるため、志望先の募集要項を必ず確認しましょう。
また、公立病院の採用試験は通常9月に行われますが、一部の病院では12月や3月にも試験が実施されることがあります。公立病院の募集時期や試験日程については、事前に確認しておくことをおすすめします。
参考:東京都「東京都職員キャリア活用採用選考試験案内」
参考:広島市人事委員会「令和7年度(2025年度)広島市職員採用試験(Ⅰ種)受験案内」
麻薬取締官の採用試験
麻薬取締官になるための採用試験は、厚生労働省地方厚生局の麻薬取締部によって不定期で実施されています。
薬学の専門知識に加えて法律や捜査技術に関する豊富な知識が要求され、専門的な試験対策や実務経験が求められます。合格するためには、試験に備えて充分な準備が必要です。
試験の受験資格は、30歳以下の薬剤師免許保持者です。試験は欠員が発生した際に不定期で実施されるため、採用は非常に競争が激しいことで知られています。
募集がある年の具体的な試験スケジュールは、例年6月頃に申込受付、7月に一次試験、8月に最終試験という流れが一般的です。各地方厚生局麻薬取締部の採用実績人数は公表されていませんが、全麻薬取締部を合計しても10名(令和4年度~令和6年度)ほどで、難易度が非常に高い狭き門です。
採用試験は、1次試験を各麻薬取締部、最終試験は関東信越厚生局麻薬取締部で実施される決まりです。
採用情報は、厚生労働省麻薬取締部のHPで随時更新されています。また、地域の麻薬取締部ごとに業務説明会も開催されています。
試験に関する情報や業務理解を深めるためにも、積極的に参加しておくと良いでしょう。
参考:厚生労働省地方厚生局麻薬取締部「2025 年度麻薬取締官採用試験(薬学系選考採用試験)について」
年齢制限がある
公務員薬剤師への転職を検討する際には、年齢制限についても注意が必要です。
一般的に国家公務員は30歳まで、麻薬取締官は30歳までの年齢制限があります。地方公務員の場合は自治体によって20代後半から30代前半にかけて異なる年齢制限が設定されていて、多くの自治体では35歳までの制限となっています。
公務員薬剤師への転職を希望する場合は、年齢制限を超えていないかを事前に確認し、年齢制限に達する前に早めに行動を開始することが重要です。
ただし、経験者採用枠では年齢制限が大幅に緩和される場合があります。例えば、厚生労働省の薬系技官の経験者採用では「採用予定日において62歳未満」が対象となることもあり、民間などでキャリアを積んだ後でも転職のチャンスはあります。
経験者採用の応募要件と選考方法
公務員薬剤師への転職では、社会人経験を活かせる「経験者採用枠」が重要な選択肢です。
国家公務員薬剤師(薬系技官)の場合、応募要件として学歴別の実務経験年数が定められていますが、年数は募集ポストによって異なります。
令和7年の場合、以下のとおりでした。
【応募に必要な実務経験年数】
| 募集ポスト | 実務経験年数 |
| 課長補佐級 | 4年制大学卒業者は11年以上、6年制大学卒業者または大学院の修士課程修了者であれば10年以上、大学院の博士課程修了者であれば9年以上 |
| 係長級 | 4年制大学卒業者は7年以上、6年制大学卒業者または大学院の修士課程修了者であれば6年以上、大学院の博士課程修了者であれば5年以上 |
選考方法は、一次の書類選考と論文試験、二次の面接が中心です。
特に、これまでの経験を国の行政にどう貢献できるかを具体的に記述する論文が重視されます。対策としては、自分のキャリアを棚卸しし、国の政策や課題と結びつけて論理的にアピールする準備が不可欠です。
公務員薬剤師に向いている人・向いていない人
ここまで解説したメリット・デメリットを踏まえると、公務員薬剤師には以下のような向き不向きがあるといえます。
● 景気に左右されない安定した雇用を求める人
● 営利よりも社会貢献に強いやりがいを感じる人
● 長期的な視点で着実なキャリア形成と昇給を望む人
● 幅広い業務を経験し、ジェネラリストを目指したい人
● 若いうちから高収入を得ることを最優先する人
● 特定の分野の知識や技術を追求するスペシャリストになりたい人
● 副業で収入を増やしたり、スキルアップしたりしたい人
● 異動や転勤を好まず、同じ職場で長く働きたい人
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よくある質問

公務員薬剤師の給料はいくらですか?
公務員薬剤師の給料は、職種や職務によって異なります。
国家公務員薬剤師は、令和7年の調査によると平均給与月額は368,522円、地方公務員薬剤師は令和6年の調査で385,489円でした。
ボーナスを含めた平均年収は、国家公務員613万円(平均給与月額+国家公務員ボーナス4.65か月分で算出)、地方公務員641万円(平均給与月額+地方公務員ボーナス4.65か月分で算出)です。
20代では350万円程度からスタートし、経験年数や役職に応じて昇給し、管理職になれば1000万円以上を目指すことも可能です。
薬剤師が公務員になるデメリットは?
主なデメリットは、民間に比べ初任給が低い傾向なこと、2〜3年周期で異動や全国規模の転勤の可能性があること、公務員法により副業が禁止なこと、採用枠が少なく試験の競争率が高いため転職のハードルが高いことなどです。
まとめ
公務員薬剤師への転職は、安定性や社会貢献といった大きな魅力がある一方、採用の難易度が高く、民間とは異なるキャリアパスを歩むことになります。
国の政策立案などスケールの大きな仕事に携わりたいなら国家公務員、地域住民の健康に直接貢献したいなら地方公務員というように、目指す方向性によって選択は異なります。
本記事で解説したメリット・デメリットを参考に、ご自身の価値観やキャリアプランに合う働き方かどうかを慎重に判断し、後悔のない転職を目指しましょう。

